神戸地方裁判所 昭和55年(行ウ)11号 判決
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【判旨】
次に、原告の被告国に対する請求について検討する。
1 まず、<証拠>を総合すると次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 本件土地は、もと尼崎市常吉字笹山六番(四畝二四歩)の一部で、訴外田口松蔵が所有していたところ、昭和一七年三月一五日、訴外兵庫県が右笹山六番を含むその周辺一帯の土地をグライダー練習用地として買収した。
(二) その後、被告国は、昭和二三年一二月二日、自作農創設特別措置法三条に基づき右笹山六番の土地全部を買収し、昭和二七年九月一日、同法一六条に基づき訴外中村に売し渡した。(後記の笹山六番二、四の各土地の登記簿には訴外中村への売渡登記がされていないが、同六番一、三、五の各土地の登記簿には登記原因として昭和二七年九月一日、同法一六条に基づく売渡しである旨記載されている)。
(三) ところが、右笹山六番の土地には井溝部分が含まれていたので、被告兵庫県知事は、昭和三四年二月二四日、右笹山六番を同六番一ないし五に分筆(地積は、六番一が一畝一一歩、六番二が一〇歩、六番三が二八歩、六番四が一七歩、六番五が一畝一八歩)したうえ、昭和三五年二月一〇日、右井溝部分につき買収計画を取り消した。従つて、結局、訴外中村に売り渡された土地は、笹山六番一、三、五の各土地となり、いずれも昭和三四年三月にその旨登記されている。
(四) ところで、原告は、尼崎市農業委員会会長宛てに、「買い受けるべき土地」として本件土地を含む別紙物件目録(1)ないし(5)の土地を、「申込者の自作地及び農業従事状況」として妻とともに自作地六反を専業として耕作している旨をそれぞれ記載した昭和三五年一〇月一〇日付け農地買受申込書を提出した。
なお、原告は右買受申込みの一連の手続をいわゆる常吉の農会に一任しており、農地買受申込書(乙第二号証)の署名押印はいずれも自己のものではない旨供述しているが、他方、原告は一通の農地買受申込書でなした別紙目録(2)ないし(5)の土地の買受申込みについては争わずにその意思のあつた旨供述しており、また事実本件土地について所有権移転登記を受けたり固定資産税を異議なく支払つて来たのであるから、同(2)ないし(5)の土地と共に買受申込みをした本件土地についても、少くとも公簿上においては買受けの意思があつたことは否定できず、本件土地の買受申込書がすべて原告の意思に基づかないものである旨の原告の右供述はにわかに措信することができない(ただし、原告の錯誤の関係は後述する)。
(五) 原告の右申込みに対し、尼崎市農業委員会は農地法三八条所定の昭和三六年一月七日付け売渡進達書を被告兵庫県知事に進達し、他方、被告国は、昭和三六年七月一日、農地法一五条に基づき、本件土地を訴外中村から買収した。そして、右進達を受けた被告兵庫県知事は、昭和三六年七月一四日付け売渡通知書をもつて、昭和三六年七月一日原告に対し本件土地を含む別紙物件目録(1)ないし(5)の土地を金七八八七円で売り渡す旨を尼崎市農業委員会を通じて通知した。
2 次に、本件土地の所在位置関係についてみるに、<証拠>によると、神戸地方法務局尼崎支局備付けの旧土地台帳附属地図による限りでは、本件土地は尼崎市常吉字笹山の東南端に位置し、同六番四、七番六、八番一、八番二、同常吉字掛越一番二の各土地と水路に囲まれている(尼崎市常吉字笹山と同字中屋敷との字界水路の北側に存在している)こと、現在でも本件土地の南側に隣接する右水路部分が、西側には同六番四の水路部分が存在していること、他方、本件土地周辺の里道、水路の位置は公図と大幅に変動しているうえに、本件土地に隣接する右両水路はその後に改良工事が行われたので、現時点では本件土地のおおよその位置が明らかにされてもこれを正確に特定することは困難であり、従つて本件土地が原告主張の所在範囲の土地であるかどうかは決め難い状況にあることが認められ、同認定を左右するに足りる証拠はない。
してみると、現時点においては本件土地の所在範囲を特定することは困難であるけれども、本件売渡処分当時においては、本件土地が被告主張の字限図どおりに所在するものとして原告の買受申込みに対し審査のうえ申込みどおりに原告に売り渡されたものであることは明らかである。
3 ところで、<証拠>によると、被告兵庫県知事は、農地法三六条に基づいて本件売渡処分をしたことが認められるが、同条一項何号に基づく売渡処分であるかを明らかにしていないので、まず、本件売渡処分が農地法三六条一項何号に基づいて行われたかを検討する。
農地法三六条一項一号所定の「小作地につき現に耕作の事業を行つている者」とは旧農地調整法四条又は農地法三条により当該農地に対する賃借権等の設定移転につき、同条所定の行政庁の許可又は承認を受けてこれを現に耕作する者であることを要し、その他の者は農地法三六条一項一号所定の耕作者に該当しないものと解すべきである。従つて、当該農地を現に耕作したことがない者はもとより、仮に当該農地を現に耕作していたとしても、右許可又は承認を受けることなく単に事実上これを耕作している者も農地法三六条一項一号所定の農地耕作者に該当しないものと解するのが相当である。
これを本件土地についてみるに、<証拠>によると、原告はその主張の土地を本件土地として現に耕作したことがなかつたのみならず、旧農地調整法四条又は農地法三条による本件土地に対する賃借権の設定移転につき同条所定の許可又は承認を受けたことがないことがうかがえるのであるから、本件土地に対する原告の賃借権の有無及び耕作の有無を問わず、原告が農地法三六条一項一号所定の農地耕作者に該当しない者であることは、明らかである。
次に、本件土地が農地法三六条一項二号所定の「共同利用することが適当な土地又は採草放牧地」に該当するかについて検討するに、<証拠>によると、本件土地は農地(採草放牧地ではなく)としてもしかも原告のみに売り渡されたことが認められるので、本件土地は同法三六条一項二号所定の「共同利用することが適当な土地又は採草放牧地」に該当しないものであることは、明らかである。
以上の次第で、本件売渡処分は、少くとも本件土地に限つてみれば、農地法三六条一項三号所定の「前二号以外の場合」に該当するものとして行われたものであることが明らかである。
ところで、原告は本件土地の買受資格を有していたかについてみるに、<証拠>によると、原告は本件売渡処分当時において自作地である田5950.41平方メートル(六反)を妻とともに耕作する専業農家であり、農業に精進する見込みのある者であつて農地を譲り受けるにつき相当と思われる者であつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によると原告は農地法三六条一項三号所定の要件を具備していた者である。また<証拠>によると原告からの買受申込書についても、同法三七条及び同法施行規則二二条で定める要件を具備していた者であることも認められる。以上の事実によると、原告を本件土地売渡しの相手方、すなわち同法三六条一項三号所定の本件土地買受有資格者としてなした本件売渡処分は、適法である。
してみると、本件売渡処分が農地法三六条一項一号に基づくものであるが、原告が本件土地を現に耕作したことがないので、本件売渡処分は無効である旨の原告の主張は、主張自体失当といわなければならない。
4 なお、原告において現に耕作していた別紙物件目録(2)ないし(5)記載の土地に本件土地も含まれているものと思い違え、原告は農地法三七条、三六条一項一号に該当する者として本件土地の買受申込みをしたのに対し、被告兵庫県知事は同条一項三号に基づいて原告に本件土地を売り渡したが原告はなお同条一項一号により売り渡しを受けたと思つていたとしても、被告兵庫県知事が、農地法三六条一項何号に基づいて本件土地の売渡処分を行うかは、本件売渡処分を行う被告兵庫県知事が本件土地の事実関係とそれに基づく法律的条件を考慮して決定するところであつて、買受申込者の意見意思に拘束されるべきことではないし、また原告において本件売渡処分の根拠となる適用条文(何号によるか)に右のようなそごがあつたとしても、同そごは本件売渡処分の効力を左右するものではない。
また、原告は買受申込書により本件土地の譲り渡しを受けたのであるから本件土地の買受けの意思がなかつたとはいえないことは、前述のとおりであるが、その際同書類上の本件土地の所在状況と現実の本件土地の所在状況等について原告の認識にそごするところがあつたとしても、原告は本件土地を尼崎市常吉字笹山六番五畑一五八平方メートルとしてその買受け申込みをしたのに対し、被告兵庫県知事は審査のうえ原告の買受申込みどおりに本件土地を原告に売り渡し、被告国においてもその所有権移転登記をしたものである。してみると、本件土地の所在位置状況についての原告の認識は本件土地買受けに際して被告兵庫県知事に対しなんら表示されていなかつたので、これが本件売渡処分の条件とかその要素をなすものではなく、従つて原告の内心において右錯誤があつたとしても、それが直ちに本件売渡処分の瑕疵をなすものではないので、その効力になんら影響するものではない。
5 よつて、本件売渡処分には無効となる事由は、なんら存しないから、その余の点について判断するまでもなく、本件売渡処分の無効を前提とする被告国に対する本訴各請求は、いずれも理由がない。
(村上博巳 小林一好 横山光雄)